夜に爪切る

古人曰く「夜に爪を切ると親の死に目に遇へない」と。または「夜爪」とも言って、あまり善いことではないと言はれてゐます。これにはいくつか理由付けされてゐて、ひとつに昔は夜は照明が不十分だったので巧く爪を切れなかったと。今のやうな梃子の原理を使った安全な爪切りもなかったでせうし。でもこれは死に目に遇へない理由にはなりませんし、不吉になる理由もありません。そしてもうひとつ、「夜爪」は「世詰め」、つまり人生を縮めてしまふといふ忌みことばです。だから早死にして「親の死に目に遇へない」。

……で、無精なもので手の爪はよく切っても足の爪は中中切らない。しかも無器用なので餘り自分では切る氣が起きない。そこで仕方なく久々にぱちんぱちんと。さうすると居間にゐた父が文句を附けてくる。まさか自分も「どうせ不吉でも世を詰めるのは俺だから關係ない」などと言へるやうな不孝行な息子ではないものの、爪の延びたままは不快だったのでのらりくらりと躱してぱちりぱちり。すると烈火のごとく怒り頭に一發。

……宗教なんかは信じないところがないわけではないのですが、古人の智慧にも根據があるものと、大した理由ではないものがある。それも考へずに頭ごなしに信込むのはいかがなものかと。さういふ大人にはなりたくないなあ。